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『春の雪 豊穣の海(一)』・・・物語の面白さを形作るもの。

春の雪 (新潮文庫―豊饒の海)『春の雪 豊穣の海(一)』 三島由紀夫
2008年12月6日読了


実は、三島由紀夫をきちんと読んだのは初めてです。もう結構前、『仮面の告白』に手をつけて、なんとなく挫折。そのまま、読みにくい作家、のイメージが払拭できずに今に至ったのでした。

しかし、『春の海』。これは絶対読むべきだったと思いました。素晴らしい。物語って言うのは、ストーリーや内容ではなく、それに伴って描き出される心の機微や、その描写や、文体や、文脈や、登場人物の人格や魅力や、ひとつひとつ選ばれる言葉や、その使い方、そういうものによって成り立っているのだということがよくわかりました。裏表紙に書いてあるストーリーだけ読んで手に取らないなんてもったいない。今までの私に言ってやりたい。これからの自分の肝に銘じたい。

あぁ、きっとまだまだ私の知らない素晴らしい作品って言うのはたくさんあるに違いない。こういう本にめぐり合うたびに、本を読み続けていて良かったなぁと思います。そしてこれからの読書が楽しみになります。
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by yebypawkawoo | 2008-12-07 21:25 | ◆本のこと  

『本格小説』・・・一気に小説世界に引きづり込まれる、久しぶりの感覚。

本格小説〈上〉 (新潮文庫)『本格小説』 水村美苗(新潮文庫)
2008年9月23日読了


素晴らしい小説だった。一気に読んでしまった。そして、全く読み終わりたくなかった。先が早く知りたいけれど、まだ終わってほしくない。こういう気分になったのは、本当に久しぶり。小説って、こういうものか、こういうものだったのか、はぁぁ素晴らしいね、って誰かに伝えたい気分。

―頭の中に「本格小説の世界」っていう小部屋ができたみたいな読後感。

いしいしんじが『三崎日和』の中で、本書についてそう語っていたが、うまいこと言うなあと思う。本当に、小部屋ができた、私の頭の中にも。

『本格小説』は、ひとつのくくりでは説明しきれない。カテゴリに納まりきらない。いろんな側面を併せ持った、細やかで大味な、セピア色だけど新しい、そういう小説だ。これはまぎれもない純文学で、読むと価値観を揺さぶられるような奥深さがある。けれど、エンターテイメント小説でもあって、話それそのものとしての面白さを十二分にあわせもっている。そして、日本語がすばらしく美しい。いい意味で古風な、昔からの日本語の美しさだ。と同時に、全く新しい小説でもあって、壮大なフリ、実験的試みがなされている。

この小説ははたして私小説なのか?どこからどこまでが本当で、いや、それとも全くのフィクションなのか?そんな疑問がわき起こってくる。けれど、その疑問の答えはどうでもよくて、そう思わせた時点でこの小説の、水村美苗の勝ちだ。それは、この小説にほどこされた仕掛けだけではなくて、圧倒的な筆力と壮大な物語性に裏付けられているのではないかと思う。うにゃあ素晴らしかった。拍手。
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by yebypawkawoo | 2008-10-09 23:52 | ◆本のこと  

『河岸忘日抄』・・・ためらいを否定しない人生観もあるのだということ。

河岸忘日抄『河岸忘日抄』 堀江敏幸(新潮文庫)
2008年6月11日読了


すごく、沁みてきた。主人公の生き方に対する考え方が、淡々とした文章を伴って、じわじわとしみこんでくる感じ。久しぶりにひどく共感でき、人に薦めたいと思える小説だった。

主人公の「彼」は、日本での忙しく消耗する日々を清算し、フランスのある河岸に滞留する船の中で暮らしはじめる。外界とのつながりはすべて受動的で、その船の大家、郵便配達夫、時たま船に遊びに来る少女、そして日本に住む友人枕木さんとのFAXのやり取りのみ。船上(中)で、ただひたすら読書と自炊とを繰り返し続ける彼は、淡々と穏やかに生活をこなしている。ように見えるけれど、その内面では思考が渦巻いている。ゆるやかに、けれどその幅は広く深い。そして、ひたすらに誠実だ。

「あいまい」という状況に停滞することの難しさを「彼」は考える。「ためらい」は一つの決断でありうることを、いや「決断の集積そのもの」であることを考えている。「受け身」を重ねてできた姿は、一つの個性であると考える。「彼」の言う受け身は、そのまま“受けるだけ”の身ではなくて、考え続けることなのだと思う。そして「彼」は、即答しないことを信条としている。自分に対しても他人に対しても、非常に誠実だ。確かに、今の日本においては受け入れられがたい性格の彼である。だけど、こういう人とこそ、私は知り合いたい。友人になりたいと思う。

また一方で、この小説は「彼」の考え方のみを押し売ってくるわけではない。そこが堀江敏幸の小説のもつ客観性だと思う。彼とは意見を異とする大家や枕木さんの考えも非常に丁寧に描かれている。それらの意見に対する「彼」のあり様がまた、私には素晴らしいと思える。世の中には色々な考え方があり、そのどれもがたぶん間違っているということはなく、ただそこにあるのは“私はどう思うか”“あなたはどう思うか”の差だけだ。その差を認められるということを、私は大切にしていたい。「彼」のような自分や他人に対しての客観性を常に持っていたい。

いつか異国の地で、この「彼」のような生活をしたいなぁ。市場で卵を買って、オムレツを作って、クレープを焼いて、スグリのジャムをぬって、コーヒーをいれて。ご飯の描写が何だかやたら美味しそうなのも、この小説が好きな理由のひとつ。もしかしたら、今ある意味で生活を停滞させている私だから、一過性でしかないとわかっている「彼」の生活に対する共感が深かったのかもしれない。けれど、人生は一過性の連続であり、それだから楽しめるのだとも、私は考えている。
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by yebypawkawoo | 2008-06-26 14:56 | ◆本のこと