<   2008年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧

 

『それから』・・・そのまま自然を貫いていけるのでしょうか?

それから (新潮文庫)『それから』 夏目漱石(新潮文庫)
2008年12月30日読了


夏目漱石三部作の2作目、『それから』です。『三四郎』も『門』も、未だ読んだことはありません。が、年齢的にもっとも近いところから入ろうと思い、まずは本作に手を伸ばしました。そのほうが、共感できることも多かろうという魂胆です。

しかし、なかなかどうしてあまり共感できませんでした。論理を盾に、自分の自然を一番として生きてる主人公、代助。三十歳にしてなお、事業を経営する父や兄の援助に頼り、本を読んだり考えにふけったり、いわゆる“遊んで暮らす”毎日です。働くならば、金を稼ぐための労働ではなく、労働のための労働をすべきだ、という考えの元、今日もぶらぶらふらふらしています。そんな代助に私はどうしても、共感することができませんでした。

ひとつには、そういう生き方がうらやましいという気持が私にあるのです。本当は、私もそうやって生きていたいのです。自分の自然にしたがって、心の赴くままに刹那を過ごしたいのです。そうです、私は強烈に彼の生き方を羨んでいます。妬んでいます。なぜなら、今のわたしは、自然に逆らって生きざるを得ないからです。経済的理由ゆえ、自分の本当の希望より食い扶持を稼ぐに重点を置いてしまっている自分がいます。本当はそうしたくないのです。だけど、その道を進んでしまっているのです。

ひとつには、論理的矛盾を感じるからです。彼のその自然を支えているのは、計画にのとった父や兄の事業です。金のを稼ぐための労働です。代助はその上に胡坐をかいているのです。のうのうと!いや、何か指摘するようなことをいいましたが、本当はこれも私の嫉妬に違いありません。親の援助で遊んで暮らせるなんて!そんな親がいるなんて!本当ならば私もそうして暮らしたいのです。家庭環境に対する妬み嫉みです。

そして、もうひとつは恋愛です。友人平岡の妻、三千代との恋愛がうまくいってしまうことに対する嫉妬の気持です。いわば、平岡は現実です。どうにも仕様がない、金を稼がなければ生きられない、汚い、嫌な、逃げ出したい、現実です。対する代助は、お遊びです。夢です、空想です。机上の空論です。いつか崩壊する、刹那の幻です。そりゃあ綺麗に違いありません。それを比較するのが間違っているのです。夢のほうが楽しいに決まっているじゃないですか。平岡の行動はどこまでも現実的で、代助の考えはどこまでだって論理です。現実に疲れた三千代が自然の代表、代助を選んでしまうのは、現実を現実的に過ごすしかない私にとっては悔しいのです。悲しいのです。

結局は、嫉妬なのです。代助に対する、共感ではなく嫉妬なのです。そう生きたいけれど生きられていない、自分に対するジレンマなのです。

しかし、最後に代助は現実を突きつけられます。父からの援助をきられ、兄からの縁も切られ、金を稼ぐための労働をしなければならなくなります。それから?それから、代助はどう生きるというのでしょうか。三千代との関係はどうなるのでしょうか。きっとその解は、『門』にあるのでしょう。けれど、そのまま自然を貫いてほしい。猛烈に私はそう望みます。私と同じ状況に立たされた今こそ、自然と論理をふりかざしてどう生きるのか、私に進めなかった道をどうすすむというのか、見せてほしいのです。

まだ、私は、自然を貫く生き方を、諦めきれていないのかもしれません。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-12-31 01:13 | ◆本のこと  

『シティ・オブ・ゴッド』・・・物語のリアリティ×映画としての凄さ

シティ・オブ・ゴッド DTSスペシャルエディション (初回限定2枚組) [DVD]『シティ・オブ・ゴッド』 フェルナンド・メイレレス(2002年)
2008年12月7日鑑賞


あっという間の130分。迫力ある映像展開。圧巻。時間軸の入れ替わる構成に、スピード感。凄い。

シティ・オブ・ゴッド(=神の街)と呼ばれるブラジルは貧民街の、発展(というのは掘っ立て小屋から立派なスラム街へという意味で)の様を背景に、そこに生きる人々を、殺人・ドラッグ・銃撃戦・リンチ・レイプ等の日常をセットに描き出す。

語り手は、シティ・オブ・ゴッドを抜けてカメラマンになろうとする青年、ブスカペ。彼の目を借りて、貧民街の内側からの視点で描かれたブラジルだ。撮影には実際のスラムに暮らす少年たちを起用したという。物語は事実を基にした話だというところが、更なるリアリティを生む(現実の映像が挿入されるところで、はっとする)。原作もさることながら、この世界をここまで描ききった監督は凄いと思う。

このリアリティの中で感じたこと。それは、同じように生まれ同じように育っても、一方はカメラマンに(あるいは、バスの運転手でも何でも良いが)なってシティ・オブ・ゴッドを抜け出そうとし、他方はギャング団に入り街の頂点に立とうとする。その差はいったい何から生まれるのだろうか?ということだ。それまでの経験?親からの教育?それとも、もって生まれた人の性質や性格なのか?

同じ経験をつんでも、人が違えば進む方向は異なる。どうせなら、みんながハッピーになる選択が良いに決まっている。けれど、こういうある種の極限状態が日常であったとき、私はどういう人生を歩んでいこうとするのだろうか。たらればなんてありえないけれど、ふと考えてしまった。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-12-30 00:17 | ◆映画のこと  

忘年会で棚ぼたトーク。下ネタって奥深い。

私のお勤めする会社は、某アメリカ系企業。
よって、今回のサブプライムを発端とする一連の騒動では被害をこうむったわけですが、
それはさておき、クリスマス休暇というものがあります。
25日から、日系一般企業の皆様よりも一足お先にお休みイエイ!です。

が、そうは問屋がおろさないわけで、
クライアントが日系企業である以上、お客様は普通に今日も働いていらっしゃるわけで、
当然私の仕事も終わらないわけで、
悲しいかな、休日出勤してまいりました。

そんな悲しい人たちが若干名、休日のはずの会社にはいらっしゃり、
そうはいっても休日ですから、さっさと仕事を終わらせ夢の19時ジャスト退社も可能、
さらに今日は金曜日ですぜ、お客さん。
となると当然、飲みにいきますか!!となるわけです。

そんなわけで、社長を筆頭に計6名、金曜日の銀座に繰り出してまいりました。
社長がひっとうだから、当然お金の心配なし。存分に飲み食いいたしました。
2008年の銀座に思い残すことなし。

2件目のワインバー。なんと、生演奏のピアノが流れております。
素敵なBGMとワインに酔いしれながら、話にも花が咲くってもんです。
えぇ、下ネタオンパレード。誰も負けてません。どのテーブルよりも盛り上がってます。
下ネタならこれまで数々の場をくぐって来たんだ、と誇る38歳の社長をして
「この歳にして初めて、話を聞いてて恥ずかしくなった」と言わしめました。
リアル描写の勝利です。

そんな女盛りの26~32歳の女人4名。
私が今日最も感銘を受けた話をここにひとつ。

話の主は、31歳の人妻です。彼女は言います。
「風俗に行く男性って、昔は信じられなかった。行くなんてサイテーと思ってた」
しかし。だんな様をものすごく愛しているけれど、結婚してしまったからには、
いつかセックスをしなくなってしまうかもしれない。
そのとき、同じことを言えるのか?
というか、私は風俗の何をわかっているというんだ?
風俗の体験をしたこともないのに、行くなんてサイテーなんて言えないよなぁ・・・。
そう考えた彼女、じゃあ体験してみれば男の人の気持がわかるかもしれない。
そう結論が出ました。

と、いうわけで。ネットでリサーチ。新宿にある某女性向け風俗店の門をくぐります。
いわゆるソープランドですね。

その話がすごい。面白かった。
女性向け風俗サービスはまだ確立していないから、料金体系も決まっていないらしい。
お客様のお気持次第でお代を頂戴します、というシステムだそう。
気に入らなければ0円でもいいし、満足すればしたぶんだけ払ってね、という仕組み。

さて、お店に入ると、まずは、パネルを提示されます。
風俗嬢ならぬ風俗坊?の写真の中から、「この人」と指名。
同時に、ゴムの種類も選ぶんだそう。並ぶ写真の中から、人と同様に選択します。
いろんな種類がありますが、とりあえず彼女はノーマルタイプをチョイスしました。

さて、いよいよプレイ開始。
軽く挨拶を交わした後は、お風呂場へ。まずは体を丹念に洗ってくれるんだそう。
「あ、どうもすみません・・・・」というなんとも申し訳ない気持になるとのこと。
で、いよいよ・・・という段になって・・・。

残念ながら彼女は、最後まで到達することができませんでした。
というのは、気持の問題だと思う、というコメント。
男性の場合は、こういう風にはならないんだろうな、とも思ったそう。
男性と女性は、ムードとか行為以前の気持とか、そういう精神的なものの比重が違うんだ、
ということが身をもってわかったといいます。
そういう意味で、女性向け風俗サービスって言うのは成り立ちにくいんだろうなーとの話に、
ふむふむうなずいてしまった私でした。

で、この話のポイント。
「風俗に行くなんてサイテー」と男性の行為を否定するんなら、
その前に身をもって体験してみないとだめだと思う、
という彼女の真摯な態度と行動力に私は感銘を受けたのよ。素晴らしいと思わない?

この行動の結果、男性の風俗通いに対して否定する気持はなくなったと彼女は言います。
なんでそうなったかは、「これは実際体験してみないとわかんないと思う。
微妙な空気とか気持とか肉体とかが絡み合った場所で経験する気持だと思う」、とのことです。

さぁ、興味がわいてきましたね?
体験してみないとわからないことってのは、この世の中にいっぱいあります。
(風俗に通う)男性の気持を知りたいと思っているそこのあなた。
一度体験してみるのもいいかもしれないですよ。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-12-27 03:01 | ◆日々のこと  

自己嫌悪を脱却しよう。

最近の私は、自分突っ込みが激しい。心の中でうだうだと考えていることに対し、気づくと声に出して「いやいや、ありえんし」とか「なんでやねん」とか「あーーーもうさー違うじゃん!!」とか、とにかくそういう突っ込みを声に出して言ってしまうのだ。声に出してというところがポイントで、お風呂の中とか部屋の中とかならまだいいのだけど、電車の中とか会社の中とか、ちょっといっちゃった人?みたいになってる。やばい。これはやばい。こういう時は、自己嫌悪に陥っているときで、それは今までの傾向から認識しているのだけど、じゃあこのもやもやした自己嫌悪状態を抜け出さなくちゃ、本当に、ちょっとあの子おかしんじゃないの?なんて同僚に思われかねない。

私の突っ込みの対象は、いつも自分である。他人に対して納得できないって時には、私はたいてい本人にそう言ってしまう。「それっておかしくないですか?」とか、「え?意味がわからないんですけど?」とか。いつからか、思ったことがそのまま口をついて出る子になってしまた。小学生・中学生の頃はむしろ、おとなしい、というよりも自分の思ったことなんておくびにも出さず、だんまり決め込んでいるような子だったのに。表情も常に無表情で、本当に面白みのない子だったなーと自分でも思う。表情があんまり変わらないのだけ、今に受け継がれていて、“たんたんと毒を吐く子”的地位を今の会社では確立しつつある。いつからか、人に対して思ったことははっきり言うようになっていて、たぶんそれは時に場の空気を読めていない発言になっているのだろう。なんとなく、みんなが共有している場。たとえば、この人のこういう反応にはこう返す、とか。そういう暗黙知になっているようなものや、微妙に保たれている一定の人と人との空気感とか。

ところで、お酒ってのは怖い。怖いもんだなーとしみじみ思ったこの1週間だった。というのは、今週の私はずっと毎日飲みに出ずっぱりで、つまり忘年会週間。入社して半年、上司や同僚と飲みに行く機会ってのはほとんどなかったのだが、それがひと時に訪れた1週間だったわけである。私は、あまり自分のことを人に話さない。自分の趣味嗜好や人生観や、つまり私個人の主観にかかわる事は。というのは、意識的にそうしているわけで、たとえば「何の映画が好き?」と聞かれた場合、たいてい質問者は自分にその質問をしてほしがっているものだ、という風に私はこれまでの経験上判断しているのだけど、それを根拠に逆に聞き返すと、たいていの人は自分の事を気持ちよく話してくれて、それでそのまま話が流れてしまうことが多い。多いというかほとんどだ。これと同様のことが「仕事どう?」とか「××さんとチームでやってみてどう?」とか聞かれた場合も起こる。意識的に、私の心理状況を探ろうとしている人の場合は別だが、たいていの人は自分の中にくすぶっている思いを、たいていは愚痴を、吐き出したいだけなのだ。だから私は、相手の感情を引き出し、それに対してのコメントを加えるにとどめるようにしている。そうすればあいては満足するのだ。というように、意識的に自分の主観は暴露しないように努めている私なのだけど、この1週間はその防波堤がやや決壊気味だった。それが、お酒ってのは怖いと思う所以。

つまり、いろいろ思っていることとか感想とかを、言ってしまったわけ、上司や同僚に。その結果、

先輩A(その日初めて一緒に飲む) 「おとなしそうに見えてけっこう爆弾系?」
先輩B(飲むのはこの1週間で3回目) 「いやいや、おとなしくないし爆弾だよ、実際」

という会話を聞いてしまったわけです。それで、自己嫌悪。先輩Bのつめたーい顔が脳裏に残っている。本当に冷ややかだったかは不明、というかおそらくは私の被害妄想なのだが、それでもそのひややかな目が、私の心を圧迫してくる。私を自分突っ込みへと走らせる。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)働きざかりの心理学 (新潮文庫)『働きざかりの心理学』 河合隼雄(新潮文庫)
『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』 河合隼雄・村上春樹 (新潮文庫)


そんな今このタイミングで、私は、『働きさかりの心理学』を読んでいる。
つい先日『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』を再読していて、デタッチメントとコミットメントということ、アメリカでの「個」と日本人の「私」の違い、等に改めてはっとさせられて、いろいろと考えてしまった私は、もっと河合隼雄の著作を読みたいと思い、たまたまブックオフで100円で出ているのを発見、購入、読書に至っていたというわけ。(ところで、『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』は、一読の価値ありと改めて再確認、これは読んでいない人はぜひ読んでみるべし)。

その中で、河合隼雄は、自己嫌悪ということや、アメリカと日本の違いというものについて触れ、心の動きにひとつの見解(説明)を加えている。それを読んで、うーんと唸ってしまった。たとえば、自己嫌悪について彼はこう説明している。

何かをやって失敗することに対する不安から自分を防衛するために、自分の回りにめぐらしている靄のようなものである。(中略)きびしく自分を責めているようで、実のところ、自分や他人をはっきりと認識することを避けるために使われているのである。

うーん、そうかも。少なくとも、うだうだ考えて恥ずかしい自分突っ込みを連発している私は、その事象や言われたことに対してのみ考えていて、なんでそう言われたの?それでそうするの?まで発展してない。直視を避けている。

他人を攻撃して自らを省みない人は、自己嫌悪に陥ることがない。これに比して、少なくとも自己嫌悪する人は、自分の欠点に気づいていることを示している。しかし、ここで大切なことは、それは真の自己認識や自己洞察とは異なっているということである。

客観的視点を持つってのはむずかしいですよ。特に、自己嫌悪に陥ってるときは、気持が自分のど真ん中まで落ちていってる状態だから。そこから視点を、自分含む回りを俯瞰できる位置まで浮上させないといけない。むむむ。浮上浮上。浮上せねば。それに、アメリカの個人主義が根底にある考え方と、日本の場を大切にする文化との違いにも納得させられたわけ(詳細は疲れたので割愛)。

それで、決意しました。
* 今後は、毒をはかないようにします。
適切な指摘はありだと思っている。でも、その口調が辛らつだったり、相手のことを思いやる気持がなかったら、あるいは自分よがりのコメントになっていたりすれば、その言葉のするどさは結構なもので、毒になるのだという気がする。つまり、毒を、建設的で穏やかな指摘へシフトさせる必要がある。

というわけで、意識的に自分の行動を制御することにします。がんばろう。

-----------------
実はほかにもいろいろ考えたのだけど、なんだか文章を書いているうちに忘れてしまった。なんだたっけー。思い出したらまたメモしよう。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-12-20 14:35 | ◆日々のこと  

『BLOW』・・・どこかありきたりだと思ってしまったのは、私だけだろうか。

ブロウ [DVD]『BLOW』 テッド・デミ(2001年)
2008年12月7日鑑賞


会社の女の子が一番好きな映画としてあげていた本作。ファッション好きで、ちょいモードが入った、配色は基本黒なんだけど、髪の毛巻くのとばっちしメイクは毎日かかさない。そんな子がものすごくいい、格好いい!って言うから見たくなった。ペネロペでてるし前から気にもなってたし。

アメリカで麻薬王と呼ばれた一人の男の半生を描いた作品。ちょっとしたお小遣い稼ぎからなりあがっていき、訪れる栄光、そして転落の人生を、ジョニー・デップが演じている。

中盤までは好きだったなぁ、なんだかちょっとぽってりした質感の、ちょうどポラで撮った写真のような映像が頭に残っている。アメリカ西海岸の、うかれたリゾート風景。うっひゃーい!楽しそうっ!大麻をさばきはじめた主人公の勢いもよかった。猪突猛進ななんとでもなるさ的な。

ただ残念なのは中盤以降。人間の意地汚い駆け引きとか、終盤に子供への愛に目覚めるところなんかで、勢いが削がれていく。大人になる(現実に呑まれるというか)様がストーリーとしてはありきたりだなぁと。事実がベースなので、仕方がないのだろうけれど、やっぱりそうなってしまうか、そうか、そうだよね、となんだかがっかりしました。想像ができてしまう展開というかな、そういう意味でね、がっかり。

一人の男の人生として、事実だといわれれば、凄いなぁとは思うけれど、あまり響かなかったのは、もしかして視点のせいかな、とも思う。三人称で進む話だが、主人公の思想や背景がよくわからなかったし、そのせいかいまいち入り込めなかった。これであれば逆に最後まで破天荒な、いいじゃんなんでも楽しけりゃー、っていうノリでつっきって欲しかった。 そういうどこかふきっちゃったような人の人生には興味がある。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-12-15 01:01 | ◆映画のこと  

というわけで、ダイエットです。

減量しようと決意してから、時幾ばくか過ぎ。
ついにいよいよ明日からダイエットしようかと思っております。

と。言っても。
自分に甘い、というよりも自分の欲望に忠実な私は、
・食べるのを控える、とか
・いきなりたくさんの運動を始める、とか
そういうのって、たぶん無理。
そう、勝利の法則は、自分に不利な勝負はしないこと。

というわけで、私の行う方法は、以下です。
1.朝起きたら、水500mlを飲む。さらに1日2Lの水を飲む。
2.毎日2食(昼・夜)はたんぱく質(お肉かお魚か卵)をきちんと食べる。
3.小麦粉製品は1日1回まで。
4.電子レンジは極力使わない
5.朝ごはんは果物(りんご)

理由もきちんとあるのであります。
1.むくみ防止のため(ミネラルも一緒にとるのが理想)
2.脂肪燃焼+爪・髪のため
3.冷え防止のため
4.消化をよくするため(レンジはたんぱく質を変形させ、毒素成分にかえるという噂)
5.ミネラル・酵素を摂取+冷え防止のため

これをとりあえず、1週間しようと思ってます。
短かっ!とか思わないでください。自分に不利な勝負はしないんです。
それってダイエット?とか言わないでください。負けそうな喧嘩は買わないんです。

私の場合、とにかく炭水化物ばっかり食べてることに問題があるのではないかと思うのです。
今の私は、就業中に食べるお菓子と、パスタとパンでほぼ成り立っています。
それで、筋肉の元というか体を作る元になるたんぱく質とか、ビタミン・ミネラルを
ほとんど摂取していない(ような気がする)。

だから、この方法でとりあえず1週間。
全くやせなかったら方法を再考することにして、とりあえず1週間後の自分に注目。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-12-07 21:43 | ◆日々のこと  

『春の雪 豊穣の海(一)』・・・物語の面白さを形作るもの。

春の雪 (新潮文庫―豊饒の海)『春の雪 豊穣の海(一)』 三島由紀夫
2008年12月6日読了


実は、三島由紀夫をきちんと読んだのは初めてです。もう結構前、『仮面の告白』に手をつけて、なんとなく挫折。そのまま、読みにくい作家、のイメージが払拭できずに今に至ったのでした。

しかし、『春の海』。これは絶対読むべきだったと思いました。素晴らしい。物語って言うのは、ストーリーや内容ではなく、それに伴って描き出される心の機微や、その描写や、文体や、文脈や、登場人物の人格や魅力や、ひとつひとつ選ばれる言葉や、その使い方、そういうものによって成り立っているのだということがよくわかりました。裏表紙に書いてあるストーリーだけ読んで手に取らないなんてもったいない。今までの私に言ってやりたい。これからの自分の肝に銘じたい。

あぁ、きっとまだまだ私の知らない素晴らしい作品って言うのはたくさんあるに違いない。こういう本にめぐり合うたびに、本を読み続けていて良かったなぁと思います。そしてこれからの読書が楽しみになります。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-12-07 21:25 | ◆本のこと