<   2008年 03月 ( 23 )   > この月の画像一覧

 

『エターナル・サンシャイン』・・・覚えている、ということの必然性を思う

『エターナル・サンシャイン』 ミシェル・ゴンドリー(2004)・・・2008年3月31日鑑賞
エターナルサンシャイン DTSスペシャル・エディション
TSUTAYAにて。『マイ・ブルーベリーナイツ』公開記念、見る前に見ろ!
という棚にあった、本作を思わず手に取る。ラブストーリーというくくりでは同じだけれど、なんでこの特集棚に入っていたのかは不明。どうしてなのでしょう?

で、本作、映画自体は、なかなか面白い映画だった。
途中で、最初の話のつながりに気づいて、あぁなるほどって思ったのだけど、きちんと思い出させるようなひっかかり、伏線を張ってたし。

ただ、映画としての面白さはさておき、私は本編の設定自体にはあまり共感できなかった。ケイト・ウィンスレット演じるクレメンタインの行動、別れたばっかりの恋人の記憶を消しちゃう、っていう設定自体には。突発的に過ぎるし、あるいはその理由の説明が不十分。

それよりも、私が共感したのは、キルスティン・ダンストの役どころ。かつて自分が記憶を消していたことを知った時の虚脱感がすごく伝わってきた。忘れてしまった過去、同じことを繰り返しそうになっていた自分、どこまでが本当で誰が何を知っているのかわからない不安と混乱。最後に彼女は、記憶をなくしたすべての人に、その事実と証拠を送りつけます。その行動にも、非常に納得してしまった。

私は、これまで、自分の記憶をなくしたいって(突発的にはあるにせよ、実質的には)思ったことない。自分の行動の帰結としての、記憶。なくしたいほどの記憶って言うのは、それだけのインパクトがあるわけで、各人にとってもそれだけの意味があるのだと思います。映画の中でも、記憶を除去したはずの彼らは、やはり惹かれあってしまう。そこにはそれだけの必然があるのだと思うのです。うまく合わさるような。

だから、やっぱり、つらさから逃れるために記憶を除去するっていうのは間違っている。そのつらさを抱えてこそ、本当の意味で事実を忘れられるし、次に進めるんだと思う。身体って言うのはよくできたもので、忘れるべき記憶はちゃんと忘れさせてくれますよ、そんな人為的施術に頼らなくてもさ。私は、そう信じてます。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-31 17:28 | ◆映画のこと  

『トーク・トゥ・ハー』・・・孤独から逃れるための生き方について

『トーク・トゥ・ハー』 ペデロ・アルモドヴァル(2002)
2008年3月30日鑑賞

トーク・トゥ・ハー スタンダード・エディション
アルモドヴァル作品は割と好きなんです。
でも、本作は見たことなくて、見たいという友人に便乗して鑑賞。

昏睡状態に陥ったダンサー、アリシアと、彼女を異常ともいえるほどの純愛で見つめ続け、看病する男ベニグノ。昏睡状態に陥った女性闘牛士、リディアと、彼女と愛し合っていたはずの男、マルコ。この2ペアを軸としつつも、話はベニグノとマルコの友情の描写、そして彼らの孤独の対比ですすんでいく。

そう、私は、この作品のテーマは「孤独」なのではないかと感じた。
確かに、ベニグノのやったことは罪といえるだろうし、気持悪いと思う。いや、ホント気持ち悪い。けれど、そこにはまぎれもない純愛がある。それを盲目的に貫き続けたすごさがある。神々しいとさえ思う。その根底には、彼の抱えざるを得なかった、圧倒的な孤独がある。

そして、そんなベニグノとの友情をもったマルコもまた、孤独を知っている。愛する人を愛するがゆえに手放し、想い続けた10年間。そこから救われたと思ったら、また思いもかけぬ瞬間に、孤独へと突き落される。

人は一人では生きていけない、とはよく言う話で、けれど、その一人を支える何かがあれば、つまり孤独でなければ、どうにかなんとか生きていけるのではないかという気がする。一方で、どんなに大勢に人に囲まれていたとしても、自分が孤独であると思ってしまえば、生きていくのは苦しくなる。孤独か否かなんてのはひどく主観的な世界の話で、思い込みでありさえする。でも、本人にとっての、それは真実。そして絶対。
わたしは、私の周りの人には、私の好きな人たちには、その人のことをたとえ理解しきれなかったとしても、側にはきっといるのだということを伝えたいと思った。もし、孤独に嵌ったとしても、そこから出てこれるように。

罪なのか、愛なのか。本作に関してはこの議論をよく聞く。
罪だけど、愛なのだと思う。誰にとっての真実なのか、という話だけだと思う。
どれが本当かなんて、そんなのどれも本当なのだ。

[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-30 21:23 | ◆映画のこと  

『きいろいゾウ』・・・すれ違いをいかに受け入れるか

『きいろいゾウ』 西加奈子(小学館文庫)
2008年3月29日読了

きいろいゾウ (小学館文庫 に 17-3)

西加奈子の本を読むのは3冊目である。著者が会社の先輩の同級生だったらしい。そのつながりで薦められ、なんとなく手に取って読み始めた。1冊目『さくら』、2冊目『あおい』についで、3冊目『きいろいゾウ』。その中では、本作が一番面白かったように思う。

いや、というよりも、私はこの話結構好きです、と言い切ってしまおう。

話は、田舎に住み始めたひと組の夫婦を軸に進んでいく。妻の視点から見た生活、夫の視点からみた生活、が交互にあらわれ、交差していく。お互いをとても大切にしあい、愛し合っている夫婦なのだけど、見ているものや感じていることがちょっとずつ違う。それが夫婦それぞれの視点で描かれる生活によって読み手に対して明らかになる。その違いに蓋をして、あえて触れないようにしていたために、少しずつずれていく互いの気持ち。考え。

こういうことって、割と日常にあふれている。そこまで親しくない人だったら、それでもまぁ問題にはなりにくいのだけど、恋人同士、夫婦同士となると話が違ってくる。
私は割と本作の主人公、ツマと同様に、感じていることや言いたいことをあえてスル―させて蓋をしがちだったりする。たぶん、そういうところが非常に理解できたからこそ、随所随所で語られるツマの言葉に共感したし、この話が好きだと思ったのだろう。

でも、夫婦っていっても恋人っていっても、所詮は他人同士。見てるものも違えば考えることが違うのは当たり前。どこまで自分をさらけ出すのかとか、そういう問題は本当に難しい。私は、すべてをさらけ出してはいけないと思う。お互い他人であるということを忘れてしまってはいけないと思う。絶対に。そこを意識するからこそ、言葉で伝えあうことは、とても大切だとは思うのだけど。

なんにせよ、この本、話のテンポがよく、すらすらっと読める。
随所に現れる関西弁も、西日本出身の私としては違和感なし。
ベタではあるけれど、随意随所で現れる言葉にハッとすることも何度か。
評価は人によって割れるだろうな、とは思うけれど、私には面白い作品だった。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-30 16:34 | ◆本のこと  

振り返り、のち憂鬱

昨晩は色んな人から電話がかかってきたんだった。

そして、色々饒舌にしゃべってしまったんだった。

ああ、ものすごい自己嫌悪。
ひとつめは、もったいぶり、
ふたつめは、自慢が入り、
みっつめは、同情をさそった。

何やってんだろ、わたし。あぁ。


そうなると思い出される昨日のいやな記憶群。

亡くして戻ってきた定期をその15分後にまたなくしてることとか。
会うのがまだたった三回目だった目上の人に
高飛車で不遜な態度をとってしまったこととか。
何より、自分のことを話しすぎた。それが一番嫌。
果ては、AV勧誘されたことまでも自分のせいなんじゃないかと気が滅入る。
エロ顔だよね、くわえるの好きでしょ、って言われて
えへらえへら笑ってた私が信じらんない。
周囲に同調しようとするくせに、
親身に寄ってくる友人知人には己を出しすぎ。

ああやだ。すごく嫌。融けてなくなってしまいたい。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-28 07:09 | ◆日々のこと  

『東京の男の子』・・・30代後半でも全然いけるんじゃん!ってね。

『東京の男の子』 安彦麻理絵・大久保ニュー・魚喃キリコ(太田出版)
2008年3月27日読了

東京の男の子

というか、この本。今日買いました。
魚喃キリコ好きの私としては、書店で目に留まるわけです。
で、ぱらぱらっとめくるわけです。
で、その中の言葉がヒットするわけです、心に。はい、即お買い上げ。
そのまま一気に読んでしまった。

3名の仲の良い漫画家が、もう割と赤裸々に、
私生活とか考えていること(考えてきたこと)とか、家族との関係について語っている。
最初から最後まで、3人の対話方式なんだけどね。

何か、これを読んで私は安心しました。ものすごーく。
今、いわゆる鬱ってこと(体面上は)で、休職してるわけだけど、
見た目元気、健康体なわけですよ。そんな自分に、後ろめたさとかあったわけですよ。
そういうの、なんだ私だけじゃないんじゃんって。

家族との関係が、結構尾をひいてるわけですよ。
それでここまできちゃって、20代も後半になって焦ってるわけですよ。もんのすごく。
そういうのも、なんだ私だけじゃないんじゃんって。

そう、私だけじゃないんじゃん、の想いで一気に読了。
彼女たちのいいところ、というか素敵だな、と思うところは、
その根底にユーモアがあるところ。
悲観的な部分って絶対あるんだろうけど、ユーモアあふれてるわけ。
そういうの、わたし理想だもの。

20代後半であせってたけど、こういう30代後半がいるんなら、
わたしまだまだ行けんじゃねえの?って。そう思えたよ。ばんざい!
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-27 23:29 | ◆本のこと  

『潜水服は蝶の夢を見る』・・・やっぱ人生、ユーモアがなくっちゃね。

『潜水服は蝶の夢を見る』 ジュリアン・シュナーベル(2007)
2008年3月20日鑑賞

潜水服は蝶の夢を見る 特別版【初回限定生産】
実は、半分マチュー・アマルリック見たさで、渋谷はシネマライズへ。
後部座席中央という、全くいい席を確保していざ鑑賞。

いや、いい映画でした。回想(妄想)シーンのマチューの格好よさをわきに置いておいても。すごーく心に残る最高の映画、とまではいかねども、うん、面白かった。見てよかった。

これは実話をもとにした話。ジャン=ドミニク・ボビーというELLEの元編集長が、左目しか動かなくなってしまうところから物語がスタートする。彼は、左目の瞬きだけで、1冊の本を書き上げるのだけれど。

身体の自由が利かない、お風呂も手伝ってもらわないと入れない、でも意識は、思考は、これまで通り正常に働く、という、プライドの高かったであろう彼にとっては非常に屈辱的な状況。でも、そんな状況にあっても、彼は想像力(妄想力とも言えるか?)で、実に人間くさく生き切るんです。自分に正直に。もう、自分を憐れむのはやめた、と決意した瞬間から。

すごいな面白いな、と思ったのは、たくましい想像力と現実との融合のシーン。そして、随所にあふれる人間くさーいユーモア。こんなに悲観的場面においても、感傷に浸るではなくユーモアで味付けしていく様は、さすがだなと思う。女性の胸や足を追うマチューの視線や、毒づく心うちなんか、笑ってしまう。でも、それが本質なんだなっても思う。

私も、たとえば悲観的状況にあったとしても、常にこういうユーモアは持っていたいなって、そう思いました。そういう風に生きたい。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-27 23:03 | ◆映画のこと  

『停電の夜に』・・・違和感って日常にあふれてると思う

『停電の夜に』 ジュンパ・ラヒリ(新潮文庫)
2008/3/26読了

停電の夜に (新潮文庫)

ラヒリの作品は、『その名にちなんで』を読んだのが最初。
それがあまりに面白くて、それで短編集である本作をすぐに入手した。

ラヒリの文章は、人物の心情を具体的に描くことが少ないように思う。それよりも、各々の仕草であるとか、ふと思ったこと何かの描写にたけている。その一つ一つが、側面から各々の胸の内を浮かび上がらせる。映画を見ているような文章。本当にうまい。小川高義さんの訳もうまいんだろうな。

ラヒリ自身がインド系アメリカ人(確か)であることもあり、アメリカに身を置くインド人、あるいはその2世なんかが主人公になることが多い。その普段の暮らしの中で感じる少しの違和感を描き出すのがうまい。

わたしは、昔からアイデンティティに疑問をいだく、というところを出発点とするような話、作品が好きだ。イサム・ノグチの作品もそうだし、カズオ・イシグロの小説もそう。それは、自分が転校生だったことも少なからず関係しているんだろう。そのちょっとした違和感って、でも普通に日本人として日本で暮らす私の日常にもあふれている。それをどう処理していくのか。そういう部分で感じることの多い作品だった。

訳者もあとがきで、こう述べている。
何かしらの異なるものに触れたとき、それをどうにか自分のわかるようなものに解釈しようとする試みが、作品の随所で行われている。


一方で、彼女の作品は結婚をテーマにしたものが多く、作品を通じて感じられる彼女の結婚観には、いまいち共感できない。もう少し、歳をとって、たとえば30代になったとき、たとえば結婚後で、読むとまた違った感想を抱くのかもしれない。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-27 22:38 | ◆本のこと  

美術館でひとつの作品を選ぶということ

先日、美術館へ行った時の話。

とある人が言いました。
「僕は美術館へ行ったら、必ず一番好きな作品を選ぶことにしている。
そういう観点で、作品を見て回る。」
彼は、一番気に入った作品のポストカードを買ってかえるそう。

それを聞いて思い出したのが、以前自分で書いたエントリー

そうだった、わたしも常に優先順位を意識して、
何を一番とするか、考えていこうと決意していたんだった・・・はずなのに。
また曖昧な世界に甘んじてしまっていたなぁ。
そういうことが多かったなぁ、割と。反省である。

どうしてその作品が好きなのか?どうして気に入ったのか?
そう意識して、自分に問いかける。そこにある理由を探る。
そうすることで、自分の感性が磨かれる。
と同時に、自身の輪郭もきっとはっきりしてくるんだろう。
人生における判断軸が明確になっていくような気もする。

そんなことを、はっと思いだした。思い出させてくれた彼に感謝。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-27 00:14 | ◆日々のこと  

香水

気分が冴えないときは、
思いっきり香水を振りかけて出かける

歩いていると薫ってくるその匂いに
背筋がのびてくる

ウィンドウに映った自分をみて
よしって思う

よし、大丈夫、しゃんとしてる、負けてない

ちゃんと大人に見えます、わたし。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-26 16:44 | ◆日々のこと  

騙すことへの可否を問う

わたしはたぶん、いつもどこか、
自分で自分を騙しているようなところがあって。
常に第三者的視線を気にしている、部分があるのかもしれない。

それは多分、キリスト教とか宗教や神という存在が
身近なものとしてある人々には当たり前の状況なのかもしれない。けれど、
あくまで想像するに、わたしの場合はそれとはちょっと違う気がする。


例えば、この日記にしてもそう。
こうありたいとか、こうであったらいいなとか、
あるいは、こうであるべきなんじゃないか、とか。
そういうところ、“場”へあえてもって行ってるんじゃないか、
という気がする。


あるいは。人生は単に思い込みに過ぎないのかもしれない。
人生、というか、そこで繰り広げられる諸々の思想、
それに根ざした行動、関係、そういうもの。

うまく騙されてればいいのだけど、
たまに違和感を感じ全てをひっくり返したくなるのだから、
それが問題になる。
ちゃぶ台をひっくり返したって畳が汚れるだけなのに。

あるいは。
今この時感じ考えている事が、
一寸先には虚構であったことに気づいてしまうんじゃないかという恐怖。

割りきりきれない、どうしても。
多分、適当にこなしてきてしまった事へのツケ。
本質をみようとしなかったことへのツケなのだ。

問題なのは、環境ではなく、自分自身の有り様。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-03-25 18:38 | ◆考えたこと