カテゴリ:◆映画のこと( 60 )

 

『リトル・ミス・サンシャイン』・・・開けっ広げなおじいちゃんは良い。

『リトル・ミス・サンシャイン』 ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス(2006)
2008年4月10日鑑賞

リトル・ミス・サンシャイン

それなりに面白かった。
家族内のもめごとや、夫婦のけんか、息子の父親や家族に対する微妙な想いなんかは、描写がうまいなぁと思ったし。アメリカでも日本でも、そういうのってあんまり変わらないんだね、と。おじいちゃんが素敵でした。そのあけっぴろげぶりは、割と好き。

ただ、そのあたりがうまいな、と思っただけに、リトル・ミス・サンシャインコンテストでの一幕はちょっと残念。オリーブの場はずれぶりが、まぁストーリーとしては狙ってるのでそうならざるをえないんだろうけども、ちょっと無理があった気がします。いくらなんでもそこまでダサいのはないだろうと。家族で踊りだすのはないだろうと。
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by yebypawkawoo | 2008-04-10 19:31 | ◆映画のこと  

『エリザベスタウン』・・・人生捨てるのは、早いよね、たぶん。

『エリザベスタウン』 キャメロン・クロウ(2005)
2008年4月5日鑑賞

エリザベスタウン スペシャル・コレクターズ・エディション
この映画、わたしは結構好き。最後までずっと面白く見れた。音楽もよい。

キルスティン・ダンストはかわいいなぁ。私はああいう、目が細い女の子が好き。そして、彼女の演じた女の子クレアも、かなり好み。どこか自分の人生を達観している感じとか、それでいて少し破天荒なところとか。こんな感じに生きたいなって。
オーランド・ブルームと深夜に長電話するシーンがあるのだけど、そこで交わされる会話の内容、雰囲気とかも良いし、二人が惹かれていく感じもかなり私好み。

そして、お母さんの告別式でのスピーチで、なぜか私は泣きそうになりました。
悲しさのなかにも必ずある物事のおかしさというか。人としてのどうしようもない感情というか。そういうものが表れていた。たとえば、お葬式で泣かない親族を見て、薄情だ、という人があるかもしれないけれど、泣くことだけが悲しみの表現ではないはずだ。そういう話をつい先日知人としたのだけども。まさにそうだと思う。そういうシーンだと思った。

この映画に出てくる人物たちは、それぞれ辛いこととか悲しいこととかを抱えてても、それを人に愚痴るとか相談するではなく、自分なりの解決策とか逃れる (いい意味でも悪い意味でも)方法とか、思い通りに進める方法を、自分で考え自分で実行しようとする。その感じが、なんかすごくわかるなあって思ったのでした。うん、面白かった。
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by yebypawkawoo | 2008-04-05 11:55 | ◆映画のこと  

『スパニッシュ・アパートメント』・・・あぁ、学生ってこんなんだった!

『スパニッシュ・アパートメント』 セドリック・クラピッシュ(2001)
2008年4月4日鑑賞

スパニッシュ・アパートメント

うわあ学生だなって思いました。なんだか非常に懐かしい。
あの、モラトリアムな雰囲気。めちゃくちゃな、でもそれでもいいやっていう雰囲気。
ノスタルジックな気持ちになって、わたしも留学がしたくなった。

青春映画としては面白い。
学生時代に見ていたら、もっと親近感持って見れたかも。
けれど社会人となって何年も経過してしまった今、共感はできなかったな。
いやいや私って、もう大人になったのねと思いました。
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by yebypawkawoo | 2008-04-05 11:26 | ◆映画のこと  

『恋愛睡眠のすすめ』・・・女性ってやっぱり現実的なのかも

『恋愛睡眠のすすめ』 ミシェル・ゴンドリー(2005)
2008年4月4日鑑賞

恋愛睡眠のすすめ スペシャル・エディション

ミシェル・ゴンドリーの作品は、『エターナル・サンシャイン』についで2作目。私は、後者のほうが面白かったな。

主人公、ガエル演じるステファンが、メキシコからパリにやってきたところから物語はスタート。このステファンが、とにかく夢というか妄想がすごくて、ちょっと笑っちゃう。そのくせ、現実はうまくいかないもんだから、ますます妄想の世界が発展しちゃうのです。

でも、笑っちゃうんだけど、やっぱり私はステファンの妄想世界には共感しきれなかったな、なんか。この映画、たぶん男性のほうが共感できるんじゃないかなあと思う。私、妄想族ではあるんだけど、一方で現実的でもあるから。女性のほうが男性よりも現実的、というのはよく言われる話だけれど、やはりそうなのかもって思った。もうさ、ちゃんと現実も処理しようよ。勝手に想像して自己完結しないでよ!って。ちょっとイライラしちゃったもん。

夢と現実がごっちゃになるのは、私もよくある話で(それはそれでちょっと問題だが)、だけど、現実逃避に夢を使っちゃあだめですよ。隣人の女の子が可哀そうではないか。学生時代の自分を見ているようでせつなくなった。男の子って、みんなああなのかなぁ・・・。
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by yebypawkawoo | 2008-04-05 00:10 | ◆映画のこと  

『バッド・エデュケーション』・・・屈折した愛を描くのがうまいなぁと。

『バッド・エデュケーション』 ペデロ・アルモドヴァル
2008年3月*日鑑賞

バッド・エデュケーション
アルモドヴァルの映画って、やっぱり好きだなぁと思いました。
劇中劇の挿入の仕方も見ていてつながっていく感じが面白いし、人の感情の動きみたいな部分で共感してしまうところが多い。何かある、何かあるんだけどあえて説明しきらない感じ、というか。いずれも、根底には言葉や論理では説明しきれない、人間くささがあると思う。

本作も、面白く見れた。男性同士の恋愛が随所に出てくるのだけど、異色なのがガエル演じるフアン。彼は、“あえて”男性に身を任せていた節がある。兄、イグナシオへの屈折した想いがそうさせたんじゃないかなんて感じる。

エンリケを想い続けたイグナシオ、あるきっかけでイグナシオが思い出から蘇り感傷的に愛を思い出したエンリケ、かつてはイグナシオを今はフアンをただひたすら盲目的に愛したマノロ神父、兄・イグナシオへの屈折した想いからか自らの生活のためにマノロ神父やエンリケに体を差し出すフアン。いずれも全うにいかない、けれど純粋な愛なんだなと思う。そしてその愛を根底に人間ならやっちゃうよねというような欲望とか嫌らしい面とかも顔をのぞかせてる。

話変わって、子ども時代のイグナシオの歌声は圧巻。そりゃ、神父さんも神にそむいて好きになっちゃうよね、顔も美しいし、なんても思いました。
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by yebypawkawoo | 2008-04-02 16:09 | ◆映画のこと  

『世界でいちばん不運で幸せな私』・・・拠り所があると、人生は過ごしやすいよね。

『世界でいちばん不運で幸せな私』 ヤン・サミュエル(2003)
2008年3月31日鑑賞

世界でいちばん不運で幸せな私
見終わった直後の感想は、う~んいまいち。というか、わかりにくかったんですよ。何が言いたかったのかが、いまいち。どうとでも解釈できる終わり方なんだけど、どう解釈していいのやら自分の中で落ちなかった、とも言える。映像は色遣いとかかわいくて良かったんだけど。

でもね、思い返してみると、共感できる場面ってのはあったな。
ゲームに頼らざるを得ない二人の心理、の部分。

のる?のらない?と聞かれたら、必ず「のる!」と言わなきゃならない(相手の出した課題を実行しなければならない)ゲームに取りつかれた二人の男女の、幼少期から大人になるまでの人生。

このゲームってのが、どんどん笑えない感じになっていくんだけど、そこまでやってくれるっていうところで、お互いの気持ちの近さを確認し合ってる(に違いない)。このひねたユーモアってば、そこまでやっちゃう!?的に面白かったんだけど、真面目な日本人にはわかりにくいんじゃないかな、なんても思う。

そのくらい激しいこのゲームだけど、たぶんこれは二人の人生の拠り所でもあった。この、えげつなく過激になっていくゲームがあったればこそ、二人は普通の(というかつまり、恋愛して結婚して仕事して・・・のような)人生をうまく送れたんだと思う。この拠り所があるからこそ、色んなことを実行できたんだと思う。

拠り所があったことは、幸せなことです。一方で、ゲームに雁字搦めになってしまったことは、ある意味で不運。二人が純粋に愛し合っていたかどうか、ってところには私は疑問を抱く。ゲームを含めたジュリアンを、ソフィーは愛したし、ゲームを含めたソフィーを、ジュリアンは愛したんでしょう、きっと。

そう思うと、私の人生、何か拠り所がほしいと切望してきた若かりし頃、だけれども、強固な拠り所があったとしたら、そこに寄りかかり過ぎてしまう可能性もあったわけだなぁ。もちろん、それはある側面では思いきり幸せ。一方から見たら不運とも言える。ただ、一概に、いいとも言えないんだねなんて気づいた。
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by yebypawkawoo | 2008-04-01 04:49 | ◆映画のこと  

『エターナル・サンシャイン』・・・覚えている、ということの必然性を思う

『エターナル・サンシャイン』 ミシェル・ゴンドリー(2004)・・・2008年3月31日鑑賞
エターナルサンシャイン DTSスペシャル・エディション
TSUTAYAにて。『マイ・ブルーベリーナイツ』公開記念、見る前に見ろ!
という棚にあった、本作を思わず手に取る。ラブストーリーというくくりでは同じだけれど、なんでこの特集棚に入っていたのかは不明。どうしてなのでしょう?

で、本作、映画自体は、なかなか面白い映画だった。
途中で、最初の話のつながりに気づいて、あぁなるほどって思ったのだけど、きちんと思い出させるようなひっかかり、伏線を張ってたし。

ただ、映画としての面白さはさておき、私は本編の設定自体にはあまり共感できなかった。ケイト・ウィンスレット演じるクレメンタインの行動、別れたばっかりの恋人の記憶を消しちゃう、っていう設定自体には。突発的に過ぎるし、あるいはその理由の説明が不十分。

それよりも、私が共感したのは、キルスティン・ダンストの役どころ。かつて自分が記憶を消していたことを知った時の虚脱感がすごく伝わってきた。忘れてしまった過去、同じことを繰り返しそうになっていた自分、どこまでが本当で誰が何を知っているのかわからない不安と混乱。最後に彼女は、記憶をなくしたすべての人に、その事実と証拠を送りつけます。その行動にも、非常に納得してしまった。

私は、これまで、自分の記憶をなくしたいって(突発的にはあるにせよ、実質的には)思ったことない。自分の行動の帰結としての、記憶。なくしたいほどの記憶って言うのは、それだけのインパクトがあるわけで、各人にとってもそれだけの意味があるのだと思います。映画の中でも、記憶を除去したはずの彼らは、やはり惹かれあってしまう。そこにはそれだけの必然があるのだと思うのです。うまく合わさるような。

だから、やっぱり、つらさから逃れるために記憶を除去するっていうのは間違っている。そのつらさを抱えてこそ、本当の意味で事実を忘れられるし、次に進めるんだと思う。身体って言うのはよくできたもので、忘れるべき記憶はちゃんと忘れさせてくれますよ、そんな人為的施術に頼らなくてもさ。私は、そう信じてます。
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by yebypawkawoo | 2008-03-31 17:28 | ◆映画のこと  

『トーク・トゥ・ハー』・・・孤独から逃れるための生き方について

『トーク・トゥ・ハー』 ペデロ・アルモドヴァル(2002)
2008年3月30日鑑賞

トーク・トゥ・ハー スタンダード・エディション
アルモドヴァル作品は割と好きなんです。
でも、本作は見たことなくて、見たいという友人に便乗して鑑賞。

昏睡状態に陥ったダンサー、アリシアと、彼女を異常ともいえるほどの純愛で見つめ続け、看病する男ベニグノ。昏睡状態に陥った女性闘牛士、リディアと、彼女と愛し合っていたはずの男、マルコ。この2ペアを軸としつつも、話はベニグノとマルコの友情の描写、そして彼らの孤独の対比ですすんでいく。

そう、私は、この作品のテーマは「孤独」なのではないかと感じた。
確かに、ベニグノのやったことは罪といえるだろうし、気持悪いと思う。いや、ホント気持ち悪い。けれど、そこにはまぎれもない純愛がある。それを盲目的に貫き続けたすごさがある。神々しいとさえ思う。その根底には、彼の抱えざるを得なかった、圧倒的な孤独がある。

そして、そんなベニグノとの友情をもったマルコもまた、孤独を知っている。愛する人を愛するがゆえに手放し、想い続けた10年間。そこから救われたと思ったら、また思いもかけぬ瞬間に、孤独へと突き落される。

人は一人では生きていけない、とはよく言う話で、けれど、その一人を支える何かがあれば、つまり孤独でなければ、どうにかなんとか生きていけるのではないかという気がする。一方で、どんなに大勢に人に囲まれていたとしても、自分が孤独であると思ってしまえば、生きていくのは苦しくなる。孤独か否かなんてのはひどく主観的な世界の話で、思い込みでありさえする。でも、本人にとっての、それは真実。そして絶対。
わたしは、私の周りの人には、私の好きな人たちには、その人のことをたとえ理解しきれなかったとしても、側にはきっといるのだということを伝えたいと思った。もし、孤独に嵌ったとしても、そこから出てこれるように。

罪なのか、愛なのか。本作に関してはこの議論をよく聞く。
罪だけど、愛なのだと思う。誰にとっての真実なのか、という話だけだと思う。
どれが本当かなんて、そんなのどれも本当なのだ。

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by yebypawkawoo | 2008-03-30 21:23 | ◆映画のこと  

『潜水服は蝶の夢を見る』・・・やっぱ人生、ユーモアがなくっちゃね。

『潜水服は蝶の夢を見る』 ジュリアン・シュナーベル(2007)
2008年3月20日鑑賞

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実は、半分マチュー・アマルリック見たさで、渋谷はシネマライズへ。
後部座席中央という、全くいい席を確保していざ鑑賞。

いや、いい映画でした。回想(妄想)シーンのマチューの格好よさをわきに置いておいても。すごーく心に残る最高の映画、とまではいかねども、うん、面白かった。見てよかった。

これは実話をもとにした話。ジャン=ドミニク・ボビーというELLEの元編集長が、左目しか動かなくなってしまうところから物語がスタートする。彼は、左目の瞬きだけで、1冊の本を書き上げるのだけれど。

身体の自由が利かない、お風呂も手伝ってもらわないと入れない、でも意識は、思考は、これまで通り正常に働く、という、プライドの高かったであろう彼にとっては非常に屈辱的な状況。でも、そんな状況にあっても、彼は想像力(妄想力とも言えるか?)で、実に人間くさく生き切るんです。自分に正直に。もう、自分を憐れむのはやめた、と決意した瞬間から。

すごいな面白いな、と思ったのは、たくましい想像力と現実との融合のシーン。そして、随所にあふれる人間くさーいユーモア。こんなに悲観的場面においても、感傷に浸るではなくユーモアで味付けしていく様は、さすがだなと思う。女性の胸や足を追うマチューの視線や、毒づく心うちなんか、笑ってしまう。でも、それが本質なんだなっても思う。

私も、たとえば悲観的状況にあったとしても、常にこういうユーモアは持っていたいなって、そう思いました。そういう風に生きたい。
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by yebypawkawoo | 2008-03-27 23:03 | ◆映画のこと  

『キングス&クイーン』・・・私は、人間くさい人に惹かれます。


『キングス&クイーン』 アルノー・デプレシャン(2004)・・・2008年2月25日鑑賞
キングス&クイーン

これを見て考えた。人は個人の人生を生きるんだな、と。生きざるをえないんだな、と。どんな生き方であれ、それを選んだ個人のものだし、責任のもとにあるんだなと。

私は、芥川龍之介の、『藪の中』、が結構好きだ。中学生の頃だったかな、国語の時間に教科書先読みで読んで、なんだかすごく印象に残った。一つの事象を決定づけるのは、主観でしかないんだと知った。すべては主観でしかない。私の主観の中で私は私の人生を生きてるわけ。この映画をみて、そんなことを思いだした。

これは、なんていうか、とても人間くさい映画だ。

話は、主人公ノラと、その2番目の夫イスマエルの二人を軸にすすんでいく。

映画を見ながら感じていたのは、ノラの自分勝手さ。非常にエゴの強い人だなと思いながら見ていた。でも彼女、すごく頭がいい。というか要領がいい。うまい具合に自分の人生を意味付けし、進めている印象。たぶん、わかってるんだよね、自分で。わかってるんだけど確信犯的に見ないようにしてる。人事とは思えない。どこか自分を見ているようで、心苦しい。胸が痛い。

うわっと思ったのが、物語の終盤。ノラのお父さんの遺書の部分。うわー突かれた、と思ったね。そうか、わかる人にはわかるんだよね、って。そう、わかる人にはわかるんです。人間の邪悪さとか自分でも見たくなくて隠してる部分とか、見えちゃうんです。でもさ、そういうのあってこその人間だよね、って私は思うんだけどな。そういう汚い部分を持ってるのが人間でしょう?きれいすぎる人には、あんまり惹かれないよねって思う。逆に怖いと思っちゃう。あるいは、自分への言い訳にすぎないのかもしれないけれど。

それで、一方のイスマエル。彼、非常に格好いい。いや、話の中では適当なダメ人間っぽいのだけど、人生に対して、誠実だと思う。だからかな、なんか切ないの、彼の言動が、言葉が、生き方が。

世間一般的にみると、たぶん、ノラが勝ち組でイスマエルは負け組みなんだけど、でもね。それもあり、これもありなんだなぁってしみじみ感じました、私は。しみじみ。人生なんて、そんな綺麗なもんじゃない、人間くさいのよ、迷うものなのよ、じんせいってさ。

いやいや、それにしてもイスマエル役、マチュー・アマルリックは格好いいなぁ。うううフランスに行きたい・・・とヨーロッパ熱に再び火が。なんて影響されやすいんだ、わたしは。
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by yebypawkawoo | 2008-02-26 01:18 | ◆映画のこと