『ラスト、コーション』・・・偽りの中で生まれてしまった愛情も、本物だと思う。

ラスト、コーション『ラスト、コーション』 アン・リー(2007)
2008年9月21日鑑賞


『ラスト、コーション』で描かれるのは、トニー・レオンとタン・ウェイ演じる二人の、恋愛ごっこだ。二人の間にあるのは、異様な状況から生まれた仮初の恋愛だ。だけど、壮大で真剣で命がけなそのごっこ遊びの、嘘くささの中に飲み込まれていく二人の間には、確実に愛が存在したのだと思う。偽りの愛だったのだとしてもそれはそれそれとして本物だ。

恋愛は、その状況に酔っていく、というようなところがあると思う。なにも変わり映えしない平凡なシチュエーションが続くという状態では、長続きしないんじゃないだろうか。自分と相手の二人では成り立たなくて、自分と相手とそれを取り巻く状況の3者があってこそ成り立つ。状況が、非常であればあるほど、興奮は大きくなる。

恋愛は、執着だと思う。相手に対する執着心が、恋愛の興奮をさらに助長するのだと思う。そして執着は思い込みだ。自分を非現実の妄想の世界へと追い込んでいく、その過程が狂気だ。だけど、穏やかな恋愛こそが最高だ、なんていう人を私は信じない。表面上穏やかでも、内心に狂気をはらんでしまうのが、本物なんじゃないかという気がする。人は、恋愛初期のときめきが7カ月しか持続しない、という話を聞いたことがある。毎日晴天の恋愛ならば、さもありなん。穏やかに見えても、内情は怒涛の嵐だという状況が、恋愛を長続きさせるんじゃないかだろうか。

その上で、恋愛に常に必要なのは、客観的視点だ。そんな暴風雨に飲み込まれている自分を、雲上の安全地帯から眺めるもう一人の我を常に持っていたい。そして、相手に接するときは、雲上の自分を持ってくるのだ。内に嵐を秘めた状態で。時に決壊する堤防は、もしかしたら、大地に肥沃をもたらすという意味で重要な場合もある。雨降って地固まるとはよくいった話。

『ラスト、コーション』は恋愛ドラマだ。トニー・レオンとタン・ウェイの二人が演じる男女の、駆け引きと、嵐と、堤防の決壊を描いた物語だ。二人はその異様な状況に、それぞれ確実に酔っていたし、だからこそあれだけの激しさで惹かれあったのだと思う。雲上からそれぞれを見落ろしているつもりで、気付かないうちに落下していたのはお互い様だ。ラストの、宝石屋さんでのシーン。そこでお互いが、嵐の中に落ちていたことに気づいてしまうのだ。切ない。

タン・ウェイの、強い信念を持って一途に職務を全うする中で植えつけられた憎悪と、それに抗うように無意識に発生してくる愛情との駆け引き。そしてトニー・レオンの抱える圧倒的な虚無感や冷徹さと、非常に純真無垢ともいえる愛情との対比。凄い。その軸を支える、細かな描写もうまいなぁと思う。二人の絡み合うシーンや、女たちの麻雀シーンや。話題となったベッドシーンも、厭らしさは感じなかった。痛々しく、美しかった。
[PR]

by yebypawkawoo | 2008-10-15 23:49 | ◆映画のこと  

<< 『異邦人』・・・自分に対して誠... アルフとは、Alien Lif... >>