『春夏秋冬そして春』・・・経験してみなければ理解できないことは多い

春夏秋冬そして春『春夏秋冬そして春』 キム・ギドク(2003)
2008年6月19日鑑賞


本作は、一人のお寺に預けられた幼子が、その成長の過程で、生の尊さを知り、女の子を知り、嫉妬を知り、怒りを知り、殺意を知り、そういうものをすべて含有した上で、何か穏やかな境地に達していく、そういうものを淡々と描いた物語。

舞台は山間の湖に浮かぶ小さな小さなお寺を離れず、そこを訪れるほんの少数の人々との関係の中で、彼は人生における喜怒哀楽を知っていく。寺を取り囲む圧倒的な自然が織りなす四季は、彼の人生になぞらえられていて、一巡してまた春が巡ってきたとき、彼は老いて幼い頃の自分と逆の立場になっている。これから彼は、自分を見守ってきた和尚と同じような人生を、たぶんたどっていくのだろう。そう、思わせる作りになっている。人生は繰り返す。

映画自体は、非常にきれいにまとまっていて、描かれていることもしごく全う。映像はとても美しく、同じ東アジアだからか、自然の移り変わりや描かれ方は日本のそれとも共通する。西欧人なんかが見たら、きっと“東洋の神秘・美しさ”という風に映るのだろうな、という感じ。

だけどなんだろう、見終わった後、先生に諭されたような、偉い人の講釈を受けたような、そういう後味が残った。なんだか、理論だなと思う。綺麗ごとだなと思う。それが悪いのではなくて間違っているわけでもなくて、ただそういう事(生は尊いとか、激情に支配されてはいけないとか、行ったことの報いは自分に跳ね返るとか。言葉にすると陳腐だけど。)は自分で経験しないと実質的にはわからないだろうなと思うから。きっと、彼を育てた和尚も何かを負っていたのだし、彼も罪を負っているのだし、彼が育てていく少年も何かを犯してしまうのだろう。たぶん、人間は同じことを繰り返していく。過ちは、自分で犯してみないとそれとはわからない。

だから、「そして春」の段階の彼の境地に達した上でこの映画を見ると、迫るものがあるのかもしれない。でも、なかなか簡単にそういう境地には達せないのもまた人間じゃない?なんだか知らないけど、自分の手に負えない圧倒的な感情だとか、暴力的な何かとか、理不尽な出来事とか、そういうものまた真実だと思うんです。

仏教とか修行とかよくわからないけれど、最終的には、想像で経験を補えるほどの本来的な理解が得られるのでしょうか?そうだとしたら、それってもの凄いことだと思う。
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by yebypawkawoo | 2008-06-19 14:55 | ◆映画のこと  

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