『ホテルルワンダ』・・・個のことを考えて生きられたなら

『ホテル・ルワンダ』 テリー・ジョージ(2004)
2008年4月12日鑑賞

ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション

これは、実話をもとにした話。友人に勧められ、鑑賞した。重かった。

1994年、ルワンダで実際に起こった、フツ族によるツチ族の大量虐殺、ジェノサイド。たった100日間で約100万人ものツチ族が殺された、とも言われている。その100日の間、高級外資系ホテルの支配人、ポール・ルセサバキナ(実在)が、ホテルに1268人の避難民(ツチ族含む)を匿った。その時の様子が、描かれている。と書くとさらっと書けてしまうが、映画では、その虐殺の様子、ラジオによって煽られるフツ族の人々のツチ族に対する憎しみ、ジェノサイドへの高揚、ポール自身の葛藤、死への恐怖、先進諸国の人々のやりきれなさ、そういった一つ一つが、映像を伴って迫ってくる。

事実を基にした映画を見ると、ニュースで浅く知っていた話を、ああ、これって本当に起ったことだったんだな、と再認識させられる。『マイティ・ハート』を見たときもそうだった。それは、個の感情や状況が理解でき、自分を投影できるからだと思う。

無関心が罪である、とこの映画は私たちに訴えかける。ニュースだけ見て終わる、そういう無関心。でも、たいていの人々は映画を見て自己投影し、これでは駄目だと、そういう感想を持ったのちにも、いつの間にか忘れて自分の日常に埋没していくんだろうな、とも感じる。

たとえば、私にとっては。ルワンダ大量虐殺は、戦国時代の大量虐殺とは同じくらいの遠さだなあとこの映画を見ながら思っていた。もちろん、時代背景・価値観が違う。だから同レベルでの比較はできないし、するつもりもない。だけどそれらは、どちらも作られた価値観だし、教育や思い込みなのじゃないかとも思う。フツ族の人々が、それまでツチ族に虐げられてきた歴史のみを学び、憎しみだけを醸成される教育を受けていたとしたら?彼らを一概には責められないのではないか。戦国時代の殺人を責める人がいないのと同様に。教育の問題、思想の問題。

しかし、どの時代も、殺されるかもしれない側の恐怖は、生物レベルでは同じなのではないかと思う。マスを相手にすると、個を相手にした時よりも感覚が鈍化するのだと思う。だから、十把一絡げに物事を考えるのはやめたいと感じる。実生活では、なるべく個々のことを考えて生きれたらいいなと思う。もちろん、すべての人々に同じことをすることは困難だけども。

思い出すのは、「半径5Mの人の幸せが大切なのよ」という、後輩に教えられた言葉。この言葉を、やはり私は実践していきたい。まだ、全然できていないなと、そういうことに思い至った。
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by yebypawkawoo | 2008-04-14 12:56 | ◆映画のこと  

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