社会性

つくづく、男性は社会的な生き物で
女性は、、なんだっけ?

まぁとにかくこの言葉はあたっているなあと実感した土日。草津温泉旅行。

女性が(というかあたしが)社会化することには無理があるんじゃないかと思う。
それでまた、いつものように自己分析しはじめるのだけど、それって結局自己満足にすぎなくて、言い訳をつくって安心感を醸成しようとしているだけではないか、とも思い、どこに進んでいけばいいのやらわからなくもなる。

会うといつもそんな気持ちにさせられる友人に、それでも会って話すのはつらいので、もう避けてしまおうかとも考えるが、そこで思い出すのは かつての同僚にいわれた言葉、『そうやってぶちぶち切りながら今まで生きてきたんでしょ』だ。

自分をかんがみても、自分のことは自分よりまわりほうがよく知ってるもんだ、というよく言われる言葉は、確かにあたっていて(本質ではなく表層の部分。本質はたぶん誰にもわからないしわかられない。主観の話なので)、でも一方で、他人のことは、その本人よりも私のほうがよくわかっているのかというと、そういうわけでもなく。
結局なんにもわかっていない私なのである。

じゃあ一体わたしは何をわかっていて、結果に関わらず能動的な行為自体を評価するとすれば、“わかろうとして”、いるのかというと、やはり自分のことだったり、自分の好きな人・事、関係の深い事象。

でもそれさえも、理解がままならないわけだから、これはもう駄目なんじゃないか、とまたしても負の連鎖にはまって行きそうになる。

そういうことを、もっと割り切って考えられたら良いのだけど、そうもできない部分もあって、それで社会性なのだ。社会性がないなぁと思う。
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by yebypawkawoo | 2008-03-04 00:01 | ◆考えたこと  

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