帰省

久しぶりに、日記を書いてみようかな、と。
そんなことを思ったのは、ここが何もない田舎町だからかもしれない。

1年と8か月ぶりの帰省は、思ったよりも楽しかったのです。
西日本地方のとある新幹線停車駅から、
“常に各停万歳”の全線単線列車にのりかえました。
― この路線の車両は、途中からディーゼル車になる、つまり電車じゃなく、汽車なのよ、
なんてこと、前日に友達に聞くまで知りませんでした。

2両編成の「電車」から、途中、1両編成の「汽車(ディーゼル)」に乗り換え、
揺られに揺られて、3時間。着いた駅は無人駅です。
そこから歩くこと、約5分。わが実家はそんな場所にございます。

同郷の友人に、この地の観光スポットってどこだと思う?
と尋ねたならば、
― そんなん、ユニクロとマックにきまってるじゃろ!
と。そんなほどよく都会(ザッツ嫌味)な田舎町です。

田舎が楽しくないのは、
下世話な世間話(噂話)と、多種排他につながる同族意識と、
個人的な知人の少なさと、井の中の蛙的無恥の蔓延、その他
だと思っていたけれど、

いいところも、いっぱいあったのかもしれない。

それは、今回、知人と二人で行くという、ちょっと特殊な環境下での帰省だったので、
いろんな物事の位相がちょっとずつずれて、それで初めてわかったことだと思う。

 親の外面の良さ(という言葉が適切か、下品さの未露出のおうがニュアンスとしては近しいか)や、
 他人(私の知人)への遠慮・思慮、見栄・・・などなど、による効果だ。

少なくとも、私はその良さを何も見ようとしていなかった、そういう自身の怠慢に気付いた。
かといって、いやなところは嫌なままなんですけれども。


個人的収穫は、もう死んでしまった祖父のかつての職業を知ったこと。
営林署で働く国家公務員だった、だなんて、
いままで私は何も知らなかった。知ろうとしていなかったのです。

小学2年の時に祖父は亡くなったのだけれど、
それから十数年の時を経たのち、私は自ら進んで林学を学びました。
もっと早くに知っていれば、もっと得られたものがあったんじゃないか、なんて
祖父が亡くなって20年、学び舎を出て6年目にして、やっと気づいた。

思うところは多々あれど、祖父の笑顔ははっきりと思い出せます、今でも。
それだけでも、なぜだか幸せな気分になれました。
個人的感傷の巻。
でも、お盆ってのは、そもそもそういうもんなんじゃないの?と。
だからよかったのだ。

形式ではなく、その中にこめられた本質をくみ取っていきたい。
お盆は、ただ帰省すればいい、お墓に参ればいい“場”ではなく、
たとえお墓にいかずとも、故人を思い出ししのんだら。それでいいのではないだろうか。
個々人がそこをおさえた上で、形式を形作っていくことは素晴らしいと思うのだけど。
これは儀式に限らず、例えば言葉をきちんと使うというのも、そういうことの体現だと思う。

さて、明日は東京に帰ります。帰りはJALでさくっと。
あぁ、東京に帰るのが楽しみ。
ふるさとは遠きにありて思うもの。
室生犀星とは違った意味で。
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by yebypawkawoo | 2009-08-15 00:46 | ◆日々のこと  

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